第6回
双葉のルーツと未完の映画館・小名浜座
2023年11月6日 公開
閉館した映画館で始まる私設上映会
ぼくの地元の小名浜に、いつ映画が上映されるかわからない、いや、実際開館しているのかすらよくわからない「ステルス映画館」がある。あるときは休日の昼間にしれっと上映会が開催されているかと思えば、またある時は、夜が更けたころに映画館の主から突然LINEが届き「これから日活映画見ましょう」と突発上映会のお誘いが入ることもある。クラブイベントが開催されることも、トークショーが開催されることもある。いやそれ以前に、館主がそこにいるかもよくわからない。すべては神出鬼没なのだ。
その映画館は、名を「小名浜座」といって、ぼくの事務所から歩いて5分くらいのところにある。赤いレンガ貼り、鉄筋の3階建て。かつては一般作品を上演する「グリーン劇場」とポルノ映画を上映する「ローズ劇場」、ふたつのスクリーンを持つ「イワキ会館」という映画館だった。小学校低学年のころだったと思うけど、グリーンで『ドラえもん』やら『忠犬ハチ公』やらを見た記憶がある。中学生くらいになると「いつかはローズで」と夢に描いていたけれど、部活動なんかが始まると、映画をまったりと見る余裕もなくなり、いつしか足が遠のいてしまった。
小名浜座のエントランス。神出鬼没の館主に会えるかどうかは運次第だ
そのあと、いつのことだったかはっきりとは覚えていないんだけれど、地元を離れていた数年の間に、そう、まさに「いつの間にか」イワキ会館は閉館してしまった。大きな建物だったから補修にお金もかかるだろうし、まちの人たちも中途半端には関われなかったのだろう。震災の後も再生プロジェクトのような動きが生まれることもなく、その存在すら忘れられ、地域の「不良債権」になりかけていた。
そんなタイミングで、この建物を友人のインディくんが購入した。生業の「解体業」で培った技術と腕っぷしであちこちを修繕し、ときに仲間たちともリノベーションの工事を進めながら開館にこぎつけた。本人によれば、まだ完成はしていないが、映画もデジタルデータなら見られる状態になっていて、新しくしつらえたスタジオやギャラリーも十分に使えるそうだ。改築しながら使い、使いながら完成に近づける。インディの「小名浜座」は、いわば未完の映画館。サグラダファミリアみたいですごくかっこいいのだ。
インディ渾身の解体工事の末に生まれたギャラリー
インディは、この映画館に棲んでいる。「住んでいる」じゃなくて「棲んでいる」だ。さっきも書いたけれど、映画館に行ってもインディがいるのかいないのかわからない。そしてその映画館もまた、営業しているかしていないのか判断しにくい。平日、仕事の合間に行ってみると、なんとなく人の気配はするのだが、インディを見つけられない。そのくせいきなり「リケンさん、これから映画見ましょう」とラインのメッセージが送られてくる。そして、彼の生業は、映画館の運営ではなくやはり解体業なのだった。
こないだも、夜の10時くらいだったか。ほろ酔い状態のインディがぼくの仕事場にやってきて、「リケンさんに見てもらいたい映画があるんすよ」と絡んできたことがあった。しょうがねえなあと思いつつ、ちょっとワクワクしながらインディの「自宅」に遊びに行く。3階まで上がると、かつてローズ劇場だった場所がそのまま残されていた。座席も、一部が間引かれているもののほとんどあの頃のままだ。座席の真ん中あたりにプロジェクターが置いてあり、ポータブルDVDがつながれている。スクリーンの両脇には野外の音楽イベントなんかで使われそうなスピーカーが置かれていて、音も全く問題ない。
かつてのローズ劇場はインディのホームシアターに
目の前の風景は、ちゃんと映画館だった。驚いた。ここまでの状態に仕上げるには、かなり大変な作業が続いたことだろう。でも当のインディは、苦労話を口にはせず、ぼくに映画を見せられることがうれしいようで、ニコニコしながら上映のセッティングをしていた。
夜11時から唐突に始まったナイトミュージアム。観客は、ぼくと江尻さん(以前、原稿で紹介したあの江尻さん)しかいない。映画を頻繁には見ないぼくにとっては、映写機とプロジェクターのちがいも、フィルムとDVDのちがいもほとんど気にならない。そうこうしていると画面に「東映」というロゴがドーンと出てきた。ああ、これこれ! グリーンで映画を見ていたころの記憶がみるみる蘇ってくる。さあインディ、なにを見せてくれるのかなと胸を高鳴らせていたら、始まったのは、映画『少年時代』(篠田正浩監督)だった。脳内に井上陽水のあのメロディが流れてくる。
インディは、映画館を買った直後から、律儀に映画そのものの歴史を学び直そうとしていたそうだ。チャップリンの無声映画から見始め、黒沢や小津など日本人監督を経由し、戦後の日本映画を研究し始めたころ、岩下志麻の美貌に心を打たれ、夫である篠田正浩監督に関心が移ったようだった。そして、そのふたりに関係の深い『少年時代』を見ようということになったらしい。そうそう、少し前は小津安二郎の映画を鑑賞する私的上映会の案内がちょくちょく来てた。
そんなふうにしてインディは、生真面目に映画を学びながら、おもむろに友人を誘って「私的上映会」を開催し続けてきた。映画館として正式に営業許可をとっているわけではないから、正しくいえば「インディの家でDVDを見ているだけ」なんだけれど。それでも、こんなライフスタイルに憧れる映画ファンは全国に多いことだろう。
2時間の上映会が終わると、「いやー、やっぱ名作はすばらしいっすね」とか言いながら、インディが席に来た。そして「映画だけじゃなくて昭和の演芸とかもやりたいんすよ」「昔みたいに、老いも若きもここに集まって映画とか小芝居とか見られるような場所にしたいっす」なんて夢を語ってくれる。普段は多くを語らないインディだが、この場所の話をするときはいつも熱がこもる。こういう顔を、かつての映画館の主たちもしていたのだろうか。
映画館建設の痕跡にも出会える
でもさ、インディ、こういうのやりたいって思うことと、実際に映画館を買っちゃうって、すげえ飛躍があんじゃん? なんかでっかい飛躍がないと、映画館買って、自分で直して、復活させるっていう行動につながんねえと思うんだよね、とぼくは聞いてみた。
するとインディは、ちょっと神妙な面持ちになり、「やっぱ自分のルーツがあるっすよね、双葉の出身っていう」と語り始める。インディが映画館を購入した原資。それは、原発事故の被災者に支払われた賠償金だった。2011年へ、ぎゅるぎゅるっと時計が巻き上がる。