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連載読みもの

小松理虔「小名浜ピープルズ」

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双葉のルーツと未完の映画館・小名浜座

2023年11月6日 公開

意味のあるものに賠償金を使いたかった

 インディは福島第一原発から20キロのところにある双葉郡楢葉町の出身で、震災当時はいわき市内で解体の仕事をしていた。いわきの自宅と楢葉の実家を往復するような暮らしだったそうだ。2011年3月11日もいわき市内の現場にいたという。インディ本人は被害を受けずに済んだが、実家のある楢葉町は原発事故直後の3月12日、いわき市へと全町避難を開始する。さらに、4月には半径20キロメートルが「警戒区域」になり、居住ができなくなった。実家に帰れなくなってしまったインディは、地元の動向を気にしながらいわきに住み続け、震災後、急にニーズが増えた解体の仕事を続けてきた。

 そうだった。あのころの「境界線」は楢葉町にあったんだと唐突に思い出した。小名浜からロッコクをしばらく北上して、楢葉のJヴィレッジのある大きな交差点。あそこに機動隊の車両やパトカーが並んで、ものものしく道路を封鎖していた。多くの人たちが、そこで写真を撮り、限界地点まできたことを自慢げにSNSに投稿してたっけ。ぼくも、県外からやってきた人たちをそこに連れて行って、「この先が警戒区域です。線量が高くて人が住むことができなくなりました」などと得意な顔をして解説していたはずだ。ああ、インディの家は、あの奥にあったのだと思い出し、今更ながら少し申し訳ないような気持ちになった。

 その後、楢葉町は「避難指示解除準備区域」となって町内の大規模除染が始まり、その甲斐あって2015年に避難指示が解除され、復興に向けて新たなスタートが切られた。その間、インディはいわきを拠点に解体業を続けながら、音楽イベントを企画したり、イベント会場のデコレーションをする造形作家として活動したりしていた。インディと会ったのもそのころだ。ぼくたちのたまり場だったUDOK.で仲間たちと酒を飲んでいたら、ほろ酔いのインディたちがいきなりやってきて、「この場所、なんすか? やべえっすね!」みたいな感じで声をかけられたのだ。

 インディによれば、双葉郡内のヘッズ(ヒップホップ愛好者)たちは、震災前からゆるいコミュニティをつくり、主に浪江町のバーでイベントを開いていたそうだ。だが、原発事故で浪江町も居住ができなくなり、表現の場を奪われた彼らの多くはいわきへと活動の場を移し、自分たちの表現の場を作ろうとしていた。そんなタイミングで、たまたま小名浜で酒を飲んでいたインディたちが、煌々と明かりのついたUDOK.を見つけ、声をかけてきたのだった。

 意気投合したぼくたちは、いくつか音楽イベントを企画した。「空間実験室 雨読の毒」。アンダーグラウンドなヒップホップを中心に、テクノ、ハウスなんかもかけながら、ライブドローイングを繰り広げるというものだった。インディは、解体業で回収した古材や建具、ダクトなどを組み合わせ、めちゃくちゃかっこいい造形でDJブースの周辺をデコっていた。ぼくはただ写真を撮りながら音楽を聴いていただけだったけれど、あのカオスな雰囲気は、もう再現不能な気がする。震災後の独特の高揚感、原発事故に対する怒り、表現したい、なにかをぶち壊したいというような欲求で満ち溢れていたように思う。


インディたちと開催したイベント「雨読の毒」。ブース周りの装飾をインディが担当した

 あの頃の出会いが、こんなふうにいまにつながり、こうしてまた新しいアクションにつながってるんだなあと思うとなんだか妙に誇らしい気分にもなる。寡黙にして多くを語らず、造形に思いを込めて表現するあのインディが、まさか映画館を「購入」するとは思ってもみなかった。

 それで後日、酒飲みがてら、インディに話を聞いてみた。インディは、なぜ、自分に支払われた賠償金を、小名浜の、こんな映画館を存続させるために使ったのか。

 「意味のあるものに、賠償金を使いたかったんすよ」と、インディは話を始める。

 「自分は双葉民だし、除染なんかも仕事でやってましたから資金はありました。でも、当時はそりゃあ酷かったっすよ。居酒屋に入れば双葉の町村のヤツらが来てるとか、お前ら月に10万円もらってんだろ? おごれよとか、日常茶飯事でした」。

 あっ、と声が出そうになった。2015年くらいだったろうか。フェイスブックに信じられない画像が流れてきたのを思い出した。家の外壁に「賠償金御殿」「家に帰れ」などと黒いスプレーで書かれている写真だった。いわき市に避難してきた双葉郡からの避難者の家に、それは書かれているようだった。いわきの住民と避難者の間にさまざまな軋轢があることは知っていたが、これほど露骨なものとは思いもよらず、とても悲しい気持ちになったのを覚えている。

 「そこに対して、意味のあるものに賠償金を使いたかったんすよ。ずっと解体の仕事に関わってきて、もともと地域と建物にすごく関心があったんすよね。古い建物って価値がないと言われるし、あって意味あんの? みたいな扱いされるじゃないすか。それがほんと悔しくて、ずっと大量生産、大量消費の社会に対する違和感があって。で、その地域と建物の関わりを考えたとき、ここなら意味のあるものに転用できんじゃねえかなって思ったんすよ。そういうこと言ってくるのは一部の人間だけかもしれないけど、悔しかったんだよな……」

 あれ、インディって、こんなに喋るやつだったっけ、と、ふと思った。いや、アツいやつだとは思っていた。いや、酒のせいかもしれない。ぼくがインディの話を受け止める間もなく、インディはまた話し始める。

 「ニュースとかもそうじゃないすか。美談に収められる。ドキュメンタリーとか、当時は全然見てなかったすね。問題提起するだけで放り投げて、あとはお涙頂戴みたいな。悲劇的なものを学ぶのもの大事だけど、それだけじゃねえだろって。震災の直後っていいこともあったと思うんすよ。災害ユートピアじゃねえけど、普段、分断してる近所付き合いが復活して、話し合っていろんなことを決めたりできる。これを続けてって、変わらないように、元に戻らないように地元のコミュニティを突っつくようなことを起こしていきてえなって時にリケンさんたちに出会ったんすよ。ウドクに行ったころは、世の中に対する恨みつらみがとくに強かった時期っすね。ずっと解体やってて、使えるものなのに、一瞬にして壊されるのを見てきましたし。使いづらい、役に立たない、古い、汚い。建物に限らずっすけど。自分はアングラの立場っすから」


古い建物だからこそ出てくる美しさが、作品と混ざり合っていく

 ぼくは、解体業に勤しむインディと、映画館の館主としてのインディに、大きな飛躍があると感じていた。でも、インディの中ではすべてつながっていた。

 解体業という、お世辞にもキラキラした業種とは言えない仕事を通じて、まちのスクラップアンドビルドに関わってきたインディ。現場現場で「まだ使えるじゃないか」「もっと活用できるはずだ」という素材をいくつも見つけてきたのだろう。けれど、インディがどれほどその建物に価値があると思ったところで、社会の側はそうとは受け取らない。多くの場合、古くて使えない、価値がないものとされてしまう。ずっとずっと地域の風景の一部になってきたものなのに、軽蔑や嘲笑の対象になってしまうのだ。インディは、そんな目線がもしかしたら自分にも向けられていると感じたのではないか。でなければ、「怒り」に説明がつかない気がした。

 インディは多くを語らない。映画館を復活させた今も、地域のキーパーソンとしてメディアに登場するような仕事を避けているし、目立とうとしないところがある。じつは、映画館の1階には、インディが解体現場で回収してきた古材や古建具が保管された大部屋がある。無言で時を刻んできた古材を救うことで、インディは、もしかしたら自分自身を救おうとしてきたのかもしれない。


使い古されたものたちの居場所が、そこかしこにある小名浜座

 いや、この話は、インディ個人の話ではなく、福島第二原子力発電所を抱えてきたインディのふるさと、楢葉町にも通ずる話のようにも思えた。首都圏に莫大なエネルギーを供給してきたにもかかわらず、事故後は突如として「ケガレ」のような扱いを受け、さまざまな差別的視線に晒された。いや、震災前から、いったいどれだけの人が双葉郡のエネルギー供給地に目を向けてきただろうか。国家を下支えしていながら周縁化され、不可視化される。それはなにも楢葉だけではないけれども。

 自分の暮らしが、いったいなにによって成り立っているのか、人は忘れてしまう。コロナ禍でエッセンシャルワーカーが頻繁にクローズアップされたけれど、そんな言葉も、あっという間に聞かれなくなったなとふと思った。

 「2017年だったと思うっすけど、初めて建物の内見させてもらった時に、もうイメージはできてました。2階のラウンジは展示スペースとして使えるなとか、ローズはそのまま使えるなとか、でもグリーンのほうは難しいな、それから結構壊すところが多そうだなとか……。まあでもようやくここまできましたね」


赤レンガの外壁の前に置かれた多肉植物たち

 そうか。インディは、そんなに前から準備していたのか……と驚くと同時に、改めてインディを突き動かしたものの複雑さに思い至り、なんと言葉を返したらいいか分からなくなってしまった。暮らしを支えてきたものに対する眼差しに対する違和感。大量消費社会に対するモヤモヤ。原発事故に対する怒りや社会への苛立ち。インディがもともと持っていた思いと原発事故後の社会課題とがシンクロして、インディを清水の舞台から突き落とし、映画館を購入させたのだろう。

 頭の中で会話を組み立てるので精一杯のぼくをよそに、インディはおもむろに財布の中から免許証を取り出し、現住所のところを指差した。「マジで?」と思わず声が出た。住所の末尾のところに「小名浜座」と書いてあるのだ。警察がチェックするかもしれない免許証の住所欄に堂々と映画館の名を刻む。それは、この映画館に棲み続け、アクションを起こすのだというインディなりの強い覚悟の表れであり、怒りの表明、そのもののように思えた。


造形作家としても知られるインディの作品。廃材やゴミと自然物を組み合わせて作られている