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里山社の本

その猫の名前は長い

イ・ジュへ 著 牧野美加 訳

見過ごされてきたけどよく知っている、中年女性の「ある感覚」を掬い取る短編集

「何がしきりにわたしたちを臆病者にさせるのだろう。わたしたちを絶えず孤立させ、ああはなりたくないと人に思わせ、軽蔑されやすい顔に変貌させ、何かを証明しなければと常にみずからを追い立てる。この病の名は何だろう。」(本文より)

子育てと家事の合間を縫って育んだ中年女性の友情に入る亀裂を描く「わたしたちが坡州に行くといつも天気が悪い」、妻の外見を愛し内面を見ない夫の視点で描く「夏風邪」、若くして家計を担い働く娘が先輩女性社員に抱く淡い恋心を描く「その猫の名前は長い」など、生活のリアリティが滲み出る繊細な物語9作品。
主婦をしながら英米文学の翻訳家となり、アドリエンヌ・リッチやエリザベス・ビショップらに影響を受け小説を書いた著者の初邦訳。牧野美加の美しい翻訳文、大阿久佳乃による英米文学作品と本書の関わりを解き明かす大充実の解説(20P)付。


海が隔てる隣同士の国に暮らすあなたはわたしじゃない、でも、あなたはわたしでもある。社会の常識や家父長制に押しつぶされる痛み、その中でだれかと視線を交わし手を取りあうことの心強さとありがたさ。確かな細部と繊細な記憶を積み重ね描かれる本書は、正気を保つのが難しい世界に生きるわたしたちのための1冊だと思う。
小山田浩子(小説家)

「わたしたち」は単純ではない。それどころか、差異を抑圧する危険性もはらむ。「わたしたち」にならなくては「あいだの差異」をなくすことはできないが、「内なる差異」を抑圧しないため、「内なる差異」を意識的に見つめることを怠ってはならない。リッチも、ビショップも、イ・ジュヘも私もそれぞれの「位置」をもつ。差異を探るため、そしてその上でなぜ「わたしたち」を「わたしたち」と呼べるのか、呼ばなければならないかを見極めるため、彼女たちを読まなくてはならず、知識以上のものに面と向かわなくてはならない。
大阿久佳乃(解説より)


目次
「今日やること」
「誰もいない家」
「夏風邪」
「わたしたちが坡州に行くといつも天気が悪い」
「その猫の名前は長い」
「水の中を歩く人たち」
「花を描いておくれ」
「春のワルツ」
「その時計は夜のあいだに一度ウインクする」

作家のことば
訳者あとがき
解説「わたしたち」になることに関する覚え書き(大阿久佳乃)

著者について

著者◉イ・ジュヘ(李柱恵)
読み、書き、訳す。2016年、チャンビ新人小説賞を受賞し、作家としての活動を始めた。著書に『すもも』『涙を植えたことのあるあなたへ』『ヌの場所』『季節は短く、記憶は永遠に』〈いずれも未邦訳〉、訳書に『わたしの本当の子どもたち』〈原題:My Real Children〉、『われわれ死せる者たちが目覚めるとき』〈原題:Essential Essays: Culture, Politics, and the Art of Poetry〉などがある。

訳者◉牧野美加(まきの・みか)
1968年大阪生まれ。釜慶大学言語教育院で韓国語を学ぶ。第一回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」最優秀賞受賞。訳書にキム・ウォニョン『希望ではなく欲望―閉じ込められていた世界を飛び出す』(クオン)、キム・チョヨプ、キム・ウォニョン『サイボーグになる―テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』(岩波書店)、ジェヨン『書籍修繕という仕事:刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる』(原書房)、ファン・ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)など。

解説◉大阿久佳乃(おおあく・よしの)
2000年三重県生まれ。文筆家。同志社大学神学部在学中。2017年より詩に関するフリーペーパー『詩ぃちゃん』を発行しはじめる。著書に『のどがかわいた』(岬書店、2020年)、『パンの耳1 ~10(ZINE)』(自費出版、2021年)『じたばたするもの』(サウダージ・ブックス、2023年)。著作の中心的テーマは、文学とともに生きる/生活すること。現在の文学的関心は、アメリカ・クィア詩。

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装丁:服部一成/榎本紗織

2024年6月21日・刊
定価:2,100円+税
288ページ
ISBN: 978-4-907497-21-7
四六判並製/カバー帯あり
装画:前田ひさえ

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