第9回
線描家の語る線と、復興工事
2023年12月25日 公開
一本一本の線が、それぞれの現場をつくっている
ふとガラス窓の外を見ると、空が少し白くなってきていた。キース・ジャレットはなおも軽快な旋律を奏で、たんちゃんの奏でるカリカリッ、シュシュッという音と絶妙にマッチし始めている。うちの犬はしばらく家に帰れなさそうだと観念したのか、丸く座って目を閉じていた。
たんちゃんは、震災からしばらく線を引くことができなかったそうだ。「港の方に足が向かなかったし写真も撮れなかったですね。なんのために描くんだって。描かなくちゃいけなかったのかもしれないけど、どうしても暗いイメージにしかならなくて」。
半月ほど経過して、ようやく描いた作品が「awa」と題された一連の作品だ。線にすらなっていない、弱々しい泡の粒が描かれている。当時の混乱、命のか弱さ、そういったものが作品に残された。ドローイングとは、こんなふうに当時の空気をありありと保存してしまうものなのだ。ときに言葉以上に雄弁に、当時のたんちゃんの状況を語っているようにも感じられた。
「今見直しても、ぶつぶつ切れたパスタみたいな線しか引けてないんです。そんな状態だったのに、リケンさんですからね、『ドローイング、なんか描いといて!』とか言ってきたのは」。ああ、まただ。またぼくは、いつもの「なんかやっといて」をたんちゃんにも無茶振りしていたようだ……。でも思う。やっといたからこそ残ったんだと。
たんちゃんは、ランドスケープデザインを研究していた大学院時代に、担当の先生から何度も繰り返し線を引けと指導されてドローイングが身についたのだそうだ。建築物のイメージを膨らませるには、周囲の環境や地形なども考慮する必要がある。山や川、海、そして空、木々。たんちゃんのドローイングには、そんな自然物が作り出す優美さが含まれていると感じる。そのルーツは大学院時代にあったわけだ。ドローイングと建築、そして風景。たんちゃんにとって切り離せないものでもあるだろう。
「建築って、ファッションやアート、デザイン、いろいろな側面を備えているものだとは思いますし、それに惹かれて学び始める人も多いですけど、建築の現場にはそんな感覚ないんです。あるのは職人の感覚。オレも『現場監督で絵を描いてる人なんて見たことない』って言われるけど、実際そうですよね、必要ないんですから。命かけて泥に塗れている集団を上から包み込むようにして、芸術だ、空間だって言ってたのが建築家だったんじゃないかって今では思います。いわば軍師のような。人が何人死にますと軍議で策を出す。建築家の仕事って、そういう側面があるんじゃないかって現場で働くようになって感じることが増えました。いや、軍師ほどの覚悟もないと思うけど」
たんちゃんはもともと、今勤めている会社に設計の担当として入社した。だが、震災後、復興工事の現場に補助で入るうちに現場監督という仕事に興味を持ち、部署の異動願を出し、現在に至っている。職人たちに働きかけ、建築物を図面ではなく実際につくっていく現場で、たんちゃん自身の考え方が、あえて言えば「現場寄り」に変化したということかもしれない。たんちゃんが入るのは震災後のいわきの建築現場である。見たくもない現実や、無理難題がたくさんあっただろう。
「いわきの復興の象徴になるから早く動かさないといけないって、ものすごいお金を投入して工事した現場がありました。けど、そこまでして復興することある?ってオレは思ってました。ほかにもっと大事なことあんじゃないのって」
だよな、と思う。いわき市の復興のシンボルとして注目され続けたあの場所も、震災後に地域のランドマークになったあの場所も、地域の復興のシンボルであらねばならない、一刻も早く直さねばならない、震災◯年に合わせよ、と無理をさせられたんじゃないか。現場の皆さんは、それこそ必死だっただろう。
けれどたんちゃんは、そんな現場の空気を「麻痺」という言葉を使って説明する。「現場って工期が定められたら是が非でもそこに向かっていく巨大な生き物なんです。工期というものに突き動かされちゃう。しかも、大きな現場であれば人がいっぱい関わってます。そしてみんなに生活もある。そこにいて『やる意味あります?』なんて言える環境じゃないんですよね。だから、ある意味で、現場にいると麻痺していくのかもしれません」
復興の現場とは巨大な生き物のようなもの−−現場に入り、しかしそこに入り込みすぎることなく、どこか冷静に状況を見ていたからこそ出てきた、たんちゃんならではの表現かもしれない。大型復興工事の多くは国家事業だ。国家の威信がかかっている。工期の遅れは最小限に食い止めなければならない。だからみんなどこかで無理をする。無理をするから、おかしいよなと思いながらも仕事は進められ、局面局面では達成感を感じてしまう。そしてその結果、だれが必要としているのかわからないような建物もできてしまう。
「現場の仕事は大変ですよ」とたんちゃんは話を続ける。「現場の責任取るのはいわゆる建築家じゃないんです。設計の通りつくったけど雨漏りしました、すぐ壊れました、その責任は施工会社が取ることになります。建築家を軍師としたら、現場監督は将軍ですかね。将軍が怖気づいてたらダメだし、怯んでいたら鼓舞できない。現場の空気も決まっちゃいますから。コミュニケーションだってちゃんとしてないと事故が起きる。『こんな納まり難しくてできねえよたんちゃん』って言われても、やってもらうのが現場監督なんですよね……」
そういえば、ぼくの父も、港や海岸を整備する海洋土木の現場監督として数十年ものあいだ働いてきた。ぼくがまだ小さいころ、父が現場の土木作業員を「兵隊さん」と呼んでいたのを耳にしたことがある。土木建築の世界の人材マネジメントは、「戦争」に置き換えられるような体制になっているということだろう。兵隊がいて、部隊長がいて、将軍がいて、軍師がいる。もちろんその上には開戦を決める権力者がいる。
権力者たちは、国民を戦に駆り出すために「国家」を掲げていく。ある人たちは、国のために命を捧げようするだろう。国のためだなんておかしいと感じる人たちも、家族のため、地域のためという別の大義を掲げるかもしれない。つかみどころのない国家より、家族や地域のほうが身近で、自分が大切な誰かのために動いているんだという気持ちにもなれる。いや、ひょっとすると、ぼくらにとって「国」と「家」は、元来とても近しいものなのなのかもしれない。「国」と「家」で国家。震災を経てなお地元を離れることができなかったぼくたちは、結局のところ、この国やら家やら、あるいはふるさとのようなものに縛られているといえるのかもしれない。
たんちゃんのじいちゃんは、どうだったんだろう。うちのじいちゃんは、どうだったんだろうと考えた。結局、ぼくはさっきからずっと「家族」のことを考えていた、ということにはたと気づく。ドローイングや復興工事の現場の話をしてたのに。
そんなぼくを差し置いて、たんちゃんは話を続けた。「ドローイングって、1本1本の線が引かれてるだけですけど、その1本を引くプロセスとか痕跡が描かれているんです。現場の建物も同じで、現場ができあがっていくひとつひとつの工程に職人たちの技術が詰め込まれてる。それってほんと感動するんですよね。それも麻痺してるってことなのかもしれないですけど」。
そう反省を言葉にし、たんちゃんは再び筆を走らせる。たんちゃんは、麻痺しているのかもしれないと言いながら、実際には麻痺してはいない。国や家やふるさとや、家族や復興という現実の中にありながら、しかし現実だけに縛られて麻痺しないよう、「わたし」というまぎれもない個を確認するために、つまり「わたし」のためだけに、日々、線を引いているのかもしれない。
線は緩やかなカーブを描いたと思ったら、ギュッと止まり、停滞し、ガシャガシャっと鋭い角をつくりながら、他の線と交わっていく。その線は閉じられることはない。線同士ぶつかり合いながらも、常に開かれた状態で引かれていく。そう、小名浜の港のようにだ。その港から、たんちゃんの思考は外へと飛び出す。現場と風景と、意識と無意識と、震災前と震災後と、いろいろなものを行き来する。この小名浜のまちで暮らし、この地に根を張っていても、線を描きながら世界を旅しているのだ。
冒頭で紹介したステイトメントは、ぼくが解釈するたんちゃんの線と、震災後の福島の状況とを重ね合わせながら書いたものだ。たんちゃんが線を引いていてくれたから、このステイトメントができたのだ。じつはこのステイトメント、たんちゃんも読んでくれていて、よかったですよと褒めてくれた。こんな光栄なことはない。
線を引くたんちゃんと、線について語る朝。すっかりぬるくなってしまったコーヒーを口に含み、扉を開けて外に出る。小名浜本町通りはすっかり朝の景色だ。太陽の光をアスファルトが照り返してとても眩しい。風は乾燥していて、冬の空気をまとっている。ぼくは、小名浜というまちに縛られているのだろうか。それとも、自分の意志で選んで暮らしているのだろうか。どっちでもあるような気がするけれど、どっちでもないとも思う。答えはきっとそのあいだにあって、そのふたつの間を、揺れながら行き来することくらいしかできないのかもしれない。
帰り際、たんちゃんがぼそり呟く。「オレにとって大事なのは、日本とか社会とか、そういうことじゃないんです」。「じゃあ、たんちゃんにとって大事なのは?」とぼくは聞いた。たんちゃんは苦笑いしながら、こう答えた。
「この辺? ですかね。家庭ですらままならないんですから。世界なんて飛び出せない。世界に通じてるかもしれない小名浜で、十分じゃないですか」
(本文中、バナー写真すべて:著者/バナーデザイン:渋井史生 PANKEY inc.)
(つづく)