Now Loading...

連載読みもの

小松理虔「小名浜ピープルズ」

10

重なり合う〈ふるさと〉

2024年1月15日 公開

小名浜ピープルズたちのふるさと

 2023年の、年末の寒い時期だった。修ちゃんから「いわきの海に行きたいっす」と連絡が来た。地元の水族館を見て「チーナン食堂」に行く選択肢もあったけど、修ちゃんが泊まってるホテルに近いという理由で、小名浜から北に10キロくらい行ったところにある新舞子という浜に集合し、散歩したり、子どもたちと貝殻を拾ったり、犬と波打ち際を走ったり、そんな他愛もない時間を過ごした。

 修ちゃんに聞くと、修ちゃんの息子のこうちゃんが、いわきの海を見たいと言っていたのだそうだ。こうちゃんはサンマもよく食べるし、小名浜名物の「さんまのぽーぽー焼き」も大好きで、それを作ってるY社長(この連載でもちょっと前に紹介した)のことも大好きなんだそうだ。福島市で育ったこうちゃん。もうすっかり「福島っ子」のはずだけど、いわきの海を見たいと言ってくれることが素直に嬉しい。そしてぼくは、当たり前にこうちゃんと遊び、走り回り、最近生まれたこうちゃんの弟も抱っこする。親戚のおじさんみたいだ。

 「あいつ、小さいときからいわきの海が好きだったんです。なんでしょうね。彼にとっては、小松家の存在もあると思いますよ。じった(ぼくは娘やこうちゃんからこう呼ばれている)のことも好きだし、実際、小松家のみんなと一緒に遊んできたし。そういう思い出が、彼の中ではふるさとみたいなものになってんでしょうね」

 修ちゃんがそう語るのを聞きながら、そうか、小名浜って、オレのふるさとであり、こうちゃんのふるさとにもなっているのか、それが重なり合ってるのが小名浜なのか! と当たり前のことに気づいてちょっと感動してしまった。ぼくらが考えている「ふるさと」という言葉の意味するところは、みんなでちょっとずつ違っていていい。


うちの娘とこうちゃんと、海で遊ぶ(撮影:木田修作)

 目の前に広がる太平洋を見て、ちょっと眩しそうな顔をしながら、修ちゃんは「広がっていきたい。もっと。出会いたいし、見つけたいし、いろんな人と会いたいって気持ちが大きいのかもしれない。ずっと漂っていたいんですよね」とつぶやいた。

 「だいたい、ひとつの場所で完結しないんですよ。福島にいると、吾妻山はきれいだけど新鮮な魚はなかなか気軽に食えないじゃないすか。青森のりんごも食べられないし。欲張りなのかもしれない。自分のふるさとに、いわきの海も、青森のりんごも、福島の吾妻山もみんな入れちゃえばいいんすよ。海が見たかったらここに来ればいいんだし」

 それを聞いてぼくは笑ってしまった。ふるさとを広げていっただけ楽しめる「ふるさとの味」が増える。とても素敵だと思う。自分の暮らす場所になにか足りないものがあっても、ふるさとを広げたり動かしたりして、できることや会える人を増やしていってもいいのだ。

 修ちゃんときゅうちゃんは、そもそも小名浜に暮らしたことがない。住んでいたのは隣町の泉だし、実際今だって、暮らしているのは福島市。けれど、1年に何度かこうして足を運んでくれる。吾妻連峰の美しい山を見ながらY社長が仕入れた小名浜のさんまも食う。かたや小松家のメンバーは、小名浜の海を見ながら、妻の実家のある新潟のコメや野菜を楽しみ、修ちゃんの実家の青森から届くりんごをいただく。そのつながりの中に、小名浜のことをふるさとだと思ってくれている子どもたちもいる。その先には、お父さんやキルギスを思いながら羊肉を喰らう江尻さんも、映画館に棲み、各地の記憶を残した古材を溜め込むインディもいる。

 ああ、ぼくの暮らす小名浜には、みんなのふるさとが、こうしていつの間にか入り込んでいたんだ。とすると、やっぱりふるさとというのは、やっぱり動いていると思う。ふるさととはなにか、という概念自体も動くし、ふるさとという言葉が持つ響きも動く。そして、ふるさとと考える地域も、伸びたり縮んだり、新しく飛び地が生まれたりしていい。


妻の実家がある新潟県加茂市上土倉。ここもふるさと

 ぼくを起点に、身近な人たちのふるさともちょっとずつ入り込み、縦横に広がって、時空を行き来する。それがぼくの考える、今のところの「ふるさと」だ。そして、そんな動くふるさと、小名浜に暮らす人たちのことを「小名浜ピープルズ」と呼ぼう。

 ふるさとは揺らぎ、動き、移動する。だからこそぼくたちが生きるのと一緒に、傍にあり続ける。たった一つのふるさと。そして、複数あるふるさと。どっちもいいし、どっちも大事だ。それもまた「欲張り」なのかもしれないけれど。

 そして改めて思い馳せたい。それぞれにあるはずの「ピープルズ」との関係を、災禍によって断ち切られてしまった人たちのことを。どうか、それぞれが暮らす先で、ピープルズたちとのふるさとが、新たに築かれますようにと祈りたい。

(バナー+本文写真:著者/本文中写真提供:木田修作、木田久恵/バナーデザイン:渋井史生 PANKEY inc.)

(つづく)